英国病の歴史から見る日本病の行く末

英国は、産業の国有化政策、社会保障の拡大といった社会主義的な政策を実施した結果として、企業の国際的な競争力の低下、財政の悪化を通じて財政危機・通貨危機に陥った歴史を持つ。

デフォルトの常連であるアルゼンチンも過去には経済的な栄華を社会保障拡大を通じて失った歴史を持つ。

これらの国の過去の社会保障の拡大と財政危機の歴史と、日本の現状との共通点・相違点を認識することは今後の日本の行く末を理解することには役立つものと考えられる。

英国病の歴史

英国病を招く下地の形成

社会保障・福祉の拡大

英国を英国病・イギリス病に至らしめた社会主義的な政策を一通り見ていこう。

第二次世界大戦後、英国では労働党が「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる社会保障制度を確立していった。
この制度は、国民に原則無料で医療を提供するとともに、年金及び失業保険の給付が実施された。

自ら保険料を支払うことができない者も含めて全国民に健康的な生活が送れるように医療と最低限の生活費としての年金・失業手当を提供することで、全国民に健康的で最低限の生活を保障することを目指した。

年金制度は、1942年に社会保険制度の草案段階でまとめられたベバリッジ報告書の内容を基に、当初は定額保険料・定額給付としていたが、インフレの継続で定額給付では最低限の生活を送ることができなく莉、高齢者の貧困化が進んだ。

それを受けて、年金制度は定額保険料・定額給付から所得に応じた年金制度へと移行していく。現在の日本のように基礎年金と所得に応じた上乗せ部分との二階建ての制度となる。
そして、インフレに対する最終的な対応は国が調整をすることした。

これによって、英国はインフレ時に財政状態が劇的に悪化するリスクを受入れることとなった。

そして、この手厚い社会保障制度を維持するために驚くほどに高い所得税を課し、労働者の意欲、活力にとどめを刺す。累進課税の最高税率は80%を超える。

産業の国有化

労働党のアトリー内閣は、電力やガス、鉄道などのインフラ産業を軒並み国有化した。
インフラは公共交通機関の国営・公営化は珍しいことではない。

しかし、後に1960年代から70年代にかけて労働党政権によって自動車産業や航空産業までもが国有化される。

国有化され国の保護下に置かれた産業では労働意欲の低迷、イノベーションや製品・業務改善への意欲は失われ、国際競争力の低下へとつながっていく。

英国病の発症

主要産業の国有化、失業保険の充実は労働者の意欲を低下させな影響をもたらし始める。経済参加者の意欲という経済成長の源が失われれば、経済の失速は必然である。

そして、1973年には第一次オイルショックによってイギリス経済はスタグフレーションに陥り、低成長と社会保障費の増大によって財政状況は急激に悪化する。

手厚い社会保障は低成長環境では維持することはできない。
英国は国債発行でなんとか社会制度の維持に努めるものの、国債の増発と財政の悪化は英ポンドの通貨価値を毀損することにつながり、通貨危機的な側面も見せ始める。

世界情勢や英国企業の競争力の低下などが重なり、通貨安が経常収支を改善することもなかった。

そして、1976年には外貨準備が枯渇し、IMFの融資を受けることとなる。

アルゼンチンの病理

英国と同じように社会保障の拡大の結果として財政破綻の常連国に陥ったアルゼンチンの例も見ておこう。

1946年に成立したペロン政権は、産業の国有化、社会保障・福祉の拡大や現金給付などといった財政支出の拡大を行う。

(この時点でわかるように、英国を病床に伏した政策と同じような政策を行ったわけであり、末路も同様であることが容易に予想できるだろう)

加えてペロン政権は、外国資本の排斥と輸入代替工業化政策も併せて実施された。
外国資本の排斥は凄まじいものがあり、アルゼンチンは経済的には鎖国体制のようなものであった。

社会保障の拡大、保護主義体制を取ったアルゼンチンもその他の社会主義国家と同じように、国際競争力の向上には完全に失敗し、成長率も鈍化してくる。

更にはアルゼンチンが穀物等を多く輸出していた米国などが国内生産で需要を満たし始めたことで、貿易収支も悪化。

低成長と社会保障の拡大による財政の悪化、国際収支の悪化を受けて通貨価値も毀損され、通貨価値の毀損と国外との経済的な遮断によって凄まじいインフレにさらされることとなる。

ペロン政権後も工業化に失敗し国際競争力を失ったアルゼンチン経済は低成長と高インフレのスタグフレーションに悩まされ続ける。

そんな中、1966年に発生した軍事クーデターによって軍事政権期が始まり、インフレへの対応が進められるが、その後も暴動が発生が続くなど、混迷をの時期が続く。
さらには、地方で力をつけていたペロンの影響力が増したことへの対処としてペロンが政権復帰し、拡張的な金融政策を実施し、貨幣価値を毀損、軍事政権下で抑えてきたインフレは加速し、ハイパーインフレーションを引き起こして、アルゼンチン経済は完全に破壊されるに至る。

日本の現状と行く末

日本の現状を見てみれば、国際収支に関しては、通貨安とエネルギー価格の高騰を受けて貿易収支の悪化が見られるものの、経常収支は第一次所得収支に支えられてプラスを維持している。

国際競争力という点では、近年徐々に弱まってきているものの、英国やアルゼンチンでみられたほどの国際競争力の低迷には陥っていないように思われる。また、産業の国有化の流れもない。

また、政情に関しても汚職こそみられるものの、安定的な状況が続いている。

これらの相違点についていえば、日本は過去に英国やアルゼンチンが置かれていた状況よりもはるかに良い状況にあるといえる。

一方で下記の通り類似点やより深刻な点が日本にはいくつもみられる。

人口動態では、過去の英国やアルゼンチンの人口ピラミッドは若年層が比較的多い山型乃至は釣鐘型の形をしていた一方で、現在の日本は圧倒的に若年層が少なく高齢者の多い形をとっており、社会保障費の増大を避けることのできない状況にある。

また、財政状況という点では、国債は自国通貨建てであり、形式的なデフォルトに陥るような状態ではない。(財政ファイナンスの結果として通貨価値が無くなり実質的に破綻する可能性は十分にあるが)
しかし、政府債務対GDP比でみれば、政府債務の積上げりと言う意味では、非常に深刻な状況にあることは言うまでもない。

そして、人口動態にみられるように高齢者の数が相対的に多いことから、シルバー民主主義に陥り、高齢者優遇・社会保障拡大に歯止めがかからない状況にある。
その社会保障費を税収では賄いきれずに、国債発行と中央銀行による吸収によって補っている状態にある。

つまりは、過去の英国とアルゼンチンと同じように、社会保障の拡大が進んでいる状態である。

また、2022年以降でいえば、エネルギー価格の上昇と通貨安によるコストプッシュインフレによって実質賃金と実質消費の減少が起きており、物価高による経済への悪影響と言った点でも類似点がみられる。

さらには、この物価高への対処として、金融緩和策政策を継続して金融政策面での適切な対応を怠り、現金給付や減税、エネルギー価格抑制のための補助金政策といった拡張的な財政政策で対応をしている状況にあり、アルゼンチンのペロンが行った政策との類似がみとめられるだろう。

税金や社会保障費といった国民負担に目を向ければ、国債による補填も勘案した実質的な負担率では、6割を超えるに至っており、英国で見られたような高い税負担と手厚い社会保障制度との組み合わせによる、労働者の意欲・活力の低下につながっていることは容易に想像できる。

日本の致命的な問題点は、シルバー民主主義から抜け出すことがきないことから、明らかな問題点が分かっていながらも、それに対応するための政策調整能力を持たないことである。

つまりは、社会保障費の拡大を免れることができず、国民負担率の上昇乃至は国債増発と中央銀行の実質的財政ファイナンスによる通貨安を回避することができない。
そして、それに伴い労働者意欲の低下と少子化問題の悪化が継続し、過去の英国やアルゼンチンに比べれば良い状況にある国際競争力は徐々に失われてくるだろう。

つまりは、日本は英国やアルゼンチンと同じ運命を辿ることは避けることができず、時間の問題でしかないと考えざるを得ないだろう。

そして、財政危機・通貨危機の後には人口動態の面からして、回復が困難なことはもちろんのこと、多くの老人たちが捨てられることになるだろう。しかし、この老人を待ち受ける悲劇は自分たちの目先の福祉を優先し、現役世代を搾取し続けた結果であることは言うまでもなく、少子高齢者社会での過ちとして歴史に残ることになるだろう。

ノーベル賞経済学者サイモン・クズネッツは「世界には4種類の国がある。先進国と途上国、日本、そしてアルゼンチンだ」と言った。
しかし、数年後には世界には3種類の国しかなくなっているかもしれない。